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南風原の資料など

周辺地域の資料もあげておきます。

南風原の戦後ー社会と文化
http://www4.ocn.ne.jp/~myoo/b-38-haebaru.htm


那覇も中心部以外はあまり変わらなかっただろうと思われます。特に上間や仲井真などは南風原と隣接してますし、交通等の条件もとくに違ったものはありません。

「60年前の南風原 南風原町歴史民俗地図/沖縄県南風原町史編集委員会民俗部会編(1994)」

戦前相当の民俗地図です。
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真和志民俗地図ほか

参考にしている図についても書いておきたいと思います。

那覇市史 資料篇 第2巻中の7 那覇の民俗(1979年)
沖縄戦で破壊される前の旧那覇・首里・真和志・小禄・の社会生活、衣食住、生業、信仰と祭祀、年中行事、人生儀礼、民俗知識、芸能、言語伝承を216点の写真、図版、地図5枚を添えて詳述。付録:那覇市歴史民俗地図(5葉)


この本の付録に「旧真和志の歴史・民俗地図」があり、「旧那覇」、「小禄」、「首里」も同様の形式であります。それに大正10年の参謀本部陸地測量部測図(1/50000)を基に拡大した「那覇全図(1/18000)」がついて全部で5葉です。
このブログでは「旧真和志の歴史・民俗地図」を「真和志民俗地図」というふうに略して呼んでいます(旧那覇も同様)。

それに様々な字誌や那覇市などでも引用される真和志市誌の「真和志区劃図」。オリジナルは古く大概ボロボロなので、他の文献で引用されているものが同じものではあるのですが見やすくなっていていいかと思われます。
※個人的には国場誌に掲載されているものがいいんではないかと(オリジナルそのものではないですが)。

那覇市が制作した「戦前の○○民俗地図」というのが散見されますが、那覇市史につけられた「那覇・真和志(首里、小禄)の民俗地図」の調査段階での部分図のようなもので、区域が狭い分詳細な面がありこれも参考にしています。
そのほか字誌等に掲載されている図も参考にしています。
「沖縄歴史地図」には明治初年の「那覇市街図」。
国場組社史には「昭和初期の那覇市街図」。
県立図書館の「貴重資料デジタル書庫」に大正4年の「那覇区全図」。※web閲覧/ダウンロード可能
Wikipediaには1930(昭和5)年の「那覇」の図。※web閲覧/ダウンロード可能
「那覇市史資料篇 第3巻1」に付属して「1945.12」「1946.2」「1947.5」の空中撮影写真をもとにした「那覇市復興地図」。
「那覇市歴史地図 -文化遺産悉皆調査報告書-」は那覇市内の史跡や旧跡を現在の地図上に示したもの。
「那覇市旧跡・歴史的地名地図」は現在の地図上に旧道や史跡・旧跡を示した地図ですが「那覇市歴史地図」ほど詳細ではありません。
県立図書館にある昭和26年6月に発行された「最新那覇市地図」をもとに戦後の那覇の区を現在の地図に自分が描いた

「那覇市史 資料篇 第2巻中の7」には旧辻遊廓之図。
若狭公民館のうきしま大学で製作された「若狭町 古地図」は「昭和19年当時(昭和10年頃〜10・10空襲まで)」となっています。
国場誌には「戦前の字国場屋号地図」、「集落の名所遺跡地図」。
上間誌には「昭和初期の上間本部落民俗地図」。
那覇新都心物語には「旧銘苅民俗地図(昭和18年頃)」、「戦前の天久村」。
天久誌には「昭和10年頃の天久村の民俗地図」。
安謝誌には「民俗地図安謝(大正期〜昭和15年)」。
わったぁ兼久には「戦前の兼久位置図」。
「銘苅港川原遺跡」には「1947年頃の地形と遺跡分布」として新都心一帯の地形と遺跡の図。
泊前島誌には「島小周辺要略図(戦前)」で前島シマグヮーの図。
「垣花村跡」には「戦前の通堂町民俗地図」、「戦前の山下町民俗地図」、「戦前の垣花町民俗地図」、「戦前の住吉町民俗地図」、それとは別に垣花・通堂は明治/大正/昭和の三期それぞれの3つの図があります。
「繁多川再発見ガイドマップ はんたがわさんぽ」には「はんたがわさんぽMAP」という地図。
わたしたちの那覇市-総合学習(Link)には繁多川の旧跡・文化財の図。
「写真で見る旧泊 崇元寺町 高橋町 前島町の変遷」に戦前の泊高橋〜崇元寺〜前島の戦前の図、「明治初期の泊」、「戦前の崇元寺町民俗地図」、「戦前の高橋町民俗地図」、「戦前の前島町民俗地図」。その他1945年の航空写真とその説明、1960年の航空写真などいろいろ。

※「写真で見る旧泊 崇元寺町 高橋町 前島町の変遷」掲載の各民俗地図は、1976.7.29、同8.5、同8.12付けのタイムスからコピーされたもののようです。その連載をまとめたものが「琉球学集説 新聞切抜 88」として県立図書館にあり、内容は「主に沖縄タイムス掲載シリーズ『思い出のわが町』より」と説明されています。
※那覇市作成の民俗地図をそのまま掲載しているものは上のリストから外しました(その他の図があるものはそのままです)。

このブログで資料や図などは下記カテゴリ。
関連:グダグダ(β) 地図
関連:グダグダ(β) 資料
このほか図書館等で閲覧できる地図などもあり、これだけではないのですがとりあえず。

【余談】那覇市が所蔵している地図の目録はこんな感じのようです。
http://www.rekishi-archive.city.naha.okinawa.jp/map.html

土地整理事業と原名

面白かったのでご紹介。

沖縄における明治期土地整理事業と原名: University of the Ryukyus Repository
http://ir.lib.u-ryukyu.ac.jp/handle/123456789/15709


土地整理事業は内地の地租改正と同じようなものですが沖縄では遅れて実施されています。

参考:中野文庫 - 沖縄県土地整理法
参考:土地整理 (とちせいり) - 琉球新報 - 沖縄の新聞、地域のニュース

土地の境界などを定めたわけですが、一つの図は「○○原」という単位で作られたらしく、その際にはまとめたり、名前を確定させたり等々の操作が行われたようです。そしてそれ以前の範囲などは調べることが困難であるそうです。
つまり自分が伝統的呼称であると考えている「原名(はるなー)」は明治後期に確定されたものであり、それ以前の伝統的呼称などをひきついでいるけれども範囲や境界などについては土地整理の際に変化している可能性があることを頭に入れておかなければいけないということになりそうです。
不思議と各原の大きさが近かったり、利用されていなかった荒れ地にも境界線があったりなど、どこかで何かのきっかけがあったんだろうなとは思ってたんですがはっきりしました。

当時の新聞をみていると土地整理関連の記事はけっこうあり大事業だったのがわかります。また従事した人間も全国から集まっていたようです。

目で見る琉球・琉球写真案内

「目で見る琉球・琉球写真案内 1963年版/沖縄興信所」という本がありますが、この本は企業や人物などを写真を添えて紹介したものです。
webにその目次があったので紹介しておきますが目次だけでも結構便利なもんなのです。

http://library.main.jp/index/jst36221.htm

県内だと図書館で閲覧できます。
この本は大宜味朝徳が発行していたようですがこの人もまた変わった人で(略)

Wikimedia Commonsでの著作権の考え方

日本を法管轄とするこの写真画像は、(1)1956年(昭和31年)12月31日までに公表(発行)された。または、(2)1946年(昭和21年)以前に撮影(製作)され且つ起算日から10年以内に公表されなかったものである。これらの二つのいずれかであるため、日本の旧著作権法第23条及び著作権法附則第2条の規定により著作権の保護期間が満了しています。
http://commons.wikimedia.org/wiki/Template:PD-Japan-oldphoto/ja


こういう風になってるわけですね。
とりあえず戦前の写真は保護期間が切れているという解釈で扱いたいと思います。

Wikimedia Commons

Wikimediaにも古い写真集などから写真をあげている人がいます。

Category:United States administered Okinawa - Wikimedia Commons
http://commons.wikimedia.org/wiki/Category:United_States_administered_Okinawa


「今日の琉球」や「守礼の光」といったものは著作権うるさくないのかなと思いますがその他の写真などは権利はどうなってるんでしょうか。
とはいえこのブログもグレーどころではないのであまり言えたもんじゃないですが... クリアできるならあげたいものはけっこうあるんだけど。

米国民政府発行の住民を対象とした月刊誌。1957(昭和32)年の創刊時の発行部数は1万5000部。陸軍第7心理作戦部隊発行の『守礼の光』とともに、民政府施策の宣伝誌。72年の施政権返還で廃刊。
『今日の琉球』 (こんにちのりゅうきゅう) - 琉球新報 - 沖縄の新聞、地域のニュース

小学校系統図

旧那覇と真和志の小学校の図です。

小学校系統図
小学校系統図2
小学校系統図3

図は那覇市歴史資料室発行の「写真でつづる那覇戦後50年」の巻末資料、「戦後 那覇市小・中学校系統図」(p194)を参考にして作成しました。
元の資料は「開南小 1947.3.31(1947.6.6)」のように書かれていて、括弧内は開校日、その前の日時は設立認可年となっていますが、図では設立認可年を記載しています。開校日はたいてい翌年の4月からになっています。

図には書いていませんが「戦後 那覇市小・中学校系統図」では神原小と与儀小は「楚辺小(1946.2.25)」を前身として持っていることになっています。他の資料では楚辺初等学校は「1946.5.1」、その他にも真和志第二初等小学校(1946.2.19)があることになっています。戦前の学校の流れでは真和志小学校が1880.3.5設立で、そこから1928.1.10に古波蔵馬場に分教場が設置され1940年4月に楚辺尋常小学校になり楚辺国民学校に変わっていっています。ですが「戦後 那覇市小・中学校系統図」は那覇市が関わったものなのでその見解が公式となるのでしょう。
このあたりには突っ込まないことにします。

甲辰尋常小学校は甲辰国民学校になり閉校となっていると考えられますが、開南小に受け継がれていると考える人もいるようです。上記「戦後 那覇市小・中学校系統図」では受け継がれているとは考えられていません。
安里小は現在の博物館あたりにあったものが土地収用のため移転、名前も変わっています。前身の存在をどうかんがえるかは大道国民学校、安里国民学校では受け継いでいると言えそうです。
ですがこの辺は解釈次第ということになってしまうでしょう。

この図と解釈に関しては「戦後 那覇市小・中学校系統図」に従うことにしてこれ以上の検索はしないことにします。正直手に余りますのであしからず。

【追記】確実であろうものとして「沖縄県公立小学校変遷史 資料編/ 沖縄県教育庁総務課編(1994)」という本があります。

古写真アーカイブ | 那覇まちのたね通信

写真のアーカイブサイトができたようです。
見てみると公文書館や那覇歴史博物館所蔵の写真もあるようです。那覇歴史博物館のサイトでは写真は低解像度のものでしたが、ここは写真のクオリティも問題ありません。このサイトはコメントでご紹介頂きました。

古写真アーカイブ | 那覇まちのたね通信
http://naha.machitane.net/old_photo_list.php



画像はサイトのスクリーンショットです。注意すべきは写真のキャプションがブラウザのタイトル部分に表示されている場合があることです。
上の画像の例だと緑の下線を引いた「藤井呉服店、藤井平兵衛氏の葬儀」がキャプション、写真提供者やその他の情報は別になっています。
ちなみに藤井呉服店はこのブログでも過去に取り上げています。
グダグダ(β) 藤井平兵衛
グダグダ(β) 大正の仮屋の前

写真の転載等は禁じているようです。

本サイトに掲載されている古写真は、特定非営利活動法人ちゅらしまフォトミュージアム(沖縄県那覇市/垂水健吾代表)が複数の著作権者の許可を得て、収集および保存したものです。無断転載を禁じます。


【追記】
ページ最下段にあるコードをコピペすることで写真を表示することが可能なようです。

このブログでは写真の検証(時代や場所など)などを行っていて、画像の拡大や画像処理などを行っている場合があります。写真の同一性保持や転載・引用のルールなどを考えるとこれらの行為は明確にアウトです。
過去にはこれらの改変を度々行っていましたが、2012年3月以降は必要最小限の引用等にとどめ、まちのたね通信からの画像引用などは極力避ける方針に転換しました。しかしそれでもアウトな場合があり得ることを管理者は認識しています。

当ブログはちゅらしまフォトミュージアムの活動が非常に有意義なものであると考えており、その活動の成果物の無断転載などは致しません。また当サイトで使用した写真等の権利はすべて権利者様のものであり、当サイトは権利者様の意向に従います。
その上で引用(引用 - Wikipedia)の条件に沿う形での使用は禁じていないと理解し、比較検証のために必要な最小限のものだけを利用したいと考えています。

まちのたね通信に限らず当ブログで取り扱った写真の権利は権利者様のものであり、当ブログは権利者様からの申し立てに従います。当該記事のコメント欄で申し立てていただければすぐに対応致します。
どうかよろしくお願いいたします。
追記:2012.03.27

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