
図は作戦道路の完成部分です。
「繁多川100周年記念誌 繁多川」から引用します。
作戦道路
沖縄戦時の日本軍の計画で建設された道路。ユクイダキ付近からクシミチーを横切り、ウフカー横を経て現在の県営松川団地方面に至る計画であったが、現在のJAおきなわ繁多川支店前まで開通しあとは未完成となった。
p52
一方、繁多川では作戦道路の道路工事が進められていた。物資を運ぶトラックなどが走ることのできる道路を作るというもので、作戦道路沿いには野戦用倉庫の防空壕が作られていた(現県営松川団地近く)。(略)[1945年]1月撮影の[米軍撮影]写真ではそのコースがうっすらとわかる程度だが、4月撮影の写真では道路の整備が進み、土が掘り返され白くはっきりと確認できるようになっている。
p128、129
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この道路工事には地元の人はほとんど参加しておらず、繁多川以外から人が来て作業を行っていた。真地側のユクイダキあたりは石灰岩が多く難工事であったという。そのあたりから識名宮の前あたりまではりっぱな道路が地図でも確認できる。すでに野戦用倉庫あたりの道路もできていたようだが、その間を結ぶ道は未完成となった。予定ではウフカーの脇から,現サンエーの駐車場を通り、松川方面に抜ける道となるはずだった。
p130
「繁多川100周年記念誌 繁多川」 (抜粋と編集)
図は「戦時体制下の繁多川(1945年)」(p139)を参考に作成しました。
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