伊波と冬子の生活は、あくまで同居生活であり、戸籍上の妻ではないので、一切の公式の場所、例えば結婚式など招待があっても断っていた。しかし伊波の研究生活はいよいよあぶらが乗り、冬子もまた学者の妻として献身的な働きをする。(略)私[※比嘉美津子]もそのころ同居していたが、学者の妻として立派だと思った。
しかし、冬子には少し病的なところがあった、月末、生活が不如意になるとヒステリーを起こす。これは強度のものではなく不機嫌になり、ものを言っても返事をしない。身なりもだらっとして髪も乱れてくる。その姿からヒスだとわかる。私はある時「姉さんは良妻悪妻プラスマイナス賢妻だ」と皮肉ったこともある。冬子と私の関係は、私の母方の従兄弟で、私が子供のころは「メーダグヮーのカマルー姉さん」と呼んでいた。
「伊波普猷をめぐる5人の女性たち」の四人の方々から、冬子は至って評判が良くない。ある方が「伊波先生は私と結婚していたら、金には不自由させなかった」と。
時代を彩った女たち p122(省略と抜粋)上の文を書いた比嘉美津子は「素顔の伊波普猷」の著者で、著書では東京の小石川で何年か同居した伊波と冬子の様子を書いています。
不仲は嫉妬かもしれませんね...
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