那覇市史より那覇の気質について抜粋します。確認すると嘱託で島袋全幸さんのお名前もありますのでこの項目は島袋さんが関わられたのかもしれません。
首里を京都とすれば那覇は大阪で、「首里人は着倒れ、那覇人は食い倒れ、泊人は働き倒れ※」といわれた。首里は外面を重んじたのに対し、那覇人は食道楽が多かったのである。
※シュインチョー チードーリ、ナーファンチョー クェードーリ、トゥマインチョー シードーリ
「首里人のハブ食い(スヤー ハブクェー)」は首里人が外面は派手でも内実は火の車であったので、その粗食を笑った物である。「那覇人の債持っての犬食いハブ食い※」は那覇人が借金してまでいか物食いしたことを笑ったものである。
※ナーファー シーロー インクェー ハブクェー
ものを手に入れた際に、那覇人は「これを○○円で買った」と物そのものより出した金額を自慢するが、首里人は「これを○○円にまけさせて買った」と価値ある物を安く手に入れたことを自慢する。それで「首里人は貧乏臭し、那覇人は金銭臭する※」といわれるわけである。しかしこの言葉は最もは的に首里人と那覇人の気質を表している。
※シュインチョー フィンスーカザッシ ナーファンチョー ジンカザスン
首里人は官禄生活で収入が決まっているので、その範囲内でのやりくり生活であったが、那覇人は存分次第(ジンブンシデー)で収入が増やせるのですべて派手であった。
那覇市史資料編第2巻中の7 p746商売人と勤め人、下町と城下町の違いですね(笑)。
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