現在の冷蔵庫の前に氷の塊をいれて冷やす氷冷蔵庫というのがありましたが、昭和3年の沖縄昭和新聞には氷冷蔵庫の広告があります。
その広告は「天妃町電車通り 岩田銅工場」となっています。氷冷蔵庫(以下冷蔵庫)に関してはイラストと大中小の説明があるのみでとくに書くことはないのですがいちおう戦前那覇にも冷蔵庫の販売があったということを記録しておきたいと思います。
その冷蔵庫の姿は検索して見てもらいたいのですが(
氷冷蔵庫 - Google 検索)、扉が二つあって上段に氷を入れて内側はブリキ張りになっています
銅工場なのでブリキの加工もお手の物だったのでしょうし、久米大通りは家具屋がたくさんありますのでそこに木材加工を任せたことも考えられます。
氷冷蔵庫は配達される氷を毎日入れるものだったようです。昭和の那覇には氷の製造工場がありますが庶民が毎日購入できたとは考えにくくあくまで一部の人間の物だったでしょう。
ですが氷が作れなければ冷蔵庫の存在すら無意味になってしまいますので、冷蔵庫の出現は氷の存在が普通のものになって来た証左ではないかなとも考えます。
まとまりませんがメモとして書いておきます。
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