
伊波普猷は旧那覇の旧家(魚氏)の生まれで、生家はそうとう大きな家でした。
クバチカサは拝所で那覇民俗地図では上之蔵通りの端、石門通りと交わる地点の交番のすぐそばにあったようです。
旧跡の特定は「那覇市旧跡・歴史的地名地図」を参考にしました。

このクバチカサ周辺は賑やかな場所であったようで新天地劇場、新星堂(本屋)、自声堂、三角屋(そば屋)がありました。
船越義彰さんは少年時代三角そば屋でそばを食べていたそうでおいしかったそば屋の一つにあげています。自声堂では夕方あとからレコードをかけ、それを楽しみに聴く人達が沢山集まったそうです。
伊波普猷が1876年(明治9)生まれ、船越さんは1926年(大正15)生まれで50年の違いがあります。ちなみに東恩納寛惇が1882年(明治15)生まれ、山之口貘が1903年(明治36)生まれです。
これだけの開きがあるとみていたものも大分違っていたんだろうなと思います。
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