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小路と家々 1(久茂地)

那覇市史を製作している期間に発行されていた「那覇の民俗編集ニュース」から久茂地の「小路と家々」を引用します。図は「那覇民俗地図」「戦前の久茂地村民俗地図」を参考にして作成しました。

久茂地大通りから才の神に向うと、病院小路の角に勢理客、大田、山田、亀島家があり学校小路は旧藩時代からの士族の学校があり与儀、比嘉、冝保と大家が並び、更に大通りには名渡山、中里、宮古宿小路があり、宮古在番の宿があり、古屋門で200坪ばかりの土地に老朽化したカワラブキのいかめしい建物があった。
ウエヌヒラには南風原、我謝、伊差川、譜久原家と、その通りは右は病院小路に、左は才の神の寺グワァー前に市長宿舎があり、明治末期の区長、当間重慎氏の手により完成したものであった。
また大通りに出ると、小沢書店があり、沖縄での教科書の元売所で、新学期になると行列になった。
向いには西平小小路があり、ブリキ屋、家具、金細工、製粉、久茂地饅頭の本家があり、ハーモーウクサンは一人暮らしであったが駄菓子屋で、モチヤガラスのひょうたんに入った赤いニッキーは庶民の子供たちに人気があった。
下駄屋、菓子屋、掛絵、判○屋は軒を並べ寄留商人で福田のランプ屋があったが、長女は先生、次女は身体障害児であったが頭がよく店で客を相手に商談し、足でそろばんをはじきジンモーキヤーと噂され、持参金づけで沖縄ムコを探しているとのことであった。
那覇の民俗編集ニュース(抜粋と編集)


ウエヌヒラは下の図(沖縄志/伊地知貞馨)では「上ノ平」としてあり、上図での箇所とは異なっています。


才の神の福田ランプ屋の主人は福島県出身で立志伝中の人でした。
参考:グダグダ(β) 才の神(セーヌカン)

最初の図で饅頭?と書いてあるのは久茂地民俗地図で「山田 餅屋」と書かれています。
「名渡山」というのは名渡山愛順・愛擴の名渡山家だと思われます。

名渡山愛擴 - Wikipedia (画家、染織家 1932-2011)
名渡山愛順|作家紹介|美術館|沖縄県立博物館・美術館 (松下町出身、画家 1906-1970)
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