中尾平太郎
1880(明治13)年〜1941(昭和16)年。実業家。
和歌山県海草郡下津町大崎に生まれる。小学校卒業直後疫病で両親死別。大阪の海産物問屋に入り20歳の頃沖縄出身の海産物買継商人に勧誘されて来県。
1915(大正4)年頃那覇東町で中尾商店を開き主に茶を商いながら黒糖買継商も営む。首里坂下に製糖工場を設立するが焼失したため海産物店経営(鰹節、海参、鼈甲、フカヒレ等)。
1919(大正8)年来郡(宮古島)、材木店設立。21年酒造業を始め「菊の露」商標で出す。31年宮古郡酒造業組合長。
平良市史 第8巻 資料編6 p375(抜粋と編集)1880(明治13)年生の人間が20歳のころに来県ということは1900(明治33)年頃でしょうか。やがて東町で店舗を持つまでになりますが、1919(大正8)年には宮古島へ移ってしまうわけですね。19年もいたのか。
菊の露酒造の沿革にも中尾の文字があります。
昭和3年 沖縄県平良市西里に「中尾酒造」創業
菊之露酒造 | 沿革
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