承前。
グダグダ 長田紀秀・饒平名紀順
長田紀秀(饒平名)
1899(明治12)年那覇市生、饒平名紀順の長男。戦後1946年にコザ中央病院院長、1951年から那覇市で善興堂医院を開設、診療にあたっている。
饒平名紀順(1870-1937)長田紀通のひ孫。善興堂病院院主。参考にしたのは「医師 仲地紀仁/仲泊良夫」という本で沖縄の種痘関連なのですが、事実上「松姓 金城家・仲地家・長田家・福嶺家」という医師を多数輩出した那覇士族の本です。
このブログは旧那覇と真和志市が対象なのでこの一族が開業していた病院のことも取り上げることになると思いますがそれはおいおいやるとして...
結論として、まず饒平名紀順さんが戦前の善興堂病院院主、戦前は那覇で開業していた息子の長田(饒平名)紀秀さんが戦後に善興堂の名前で病院を開設ということになります。これだけのことなんですが。
「医師 仲地紀仁/仲泊良夫」には系図もありますので興味のある方はどうぞ。
図はないですが家譜はwebでもみることができます。
http://www.tulips.tsukuba.ac.jp/limedio/dlam/B1241188/1/vol05/indexnaha.htmご先祖様は復帰前に切手にもなっています。
これは、1968年に復帰前の沖縄で発行された「仲地紀仁 牛痘種痘実施120年」の記念切手で、仲地が取り上げられています。
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