癖のある夫婦、池宮城積宝と新垣美登子の話の続きです。
下で引用した船越義彰さんの「狂った季節」は沖縄戦の経験と戦後暫くの経験をまとめたものです。引用は戦争が終わり米軍による規格住宅ができはじめた住宅難の頃の話です。
新垣美登子さんにもいろんなエピソードがありますが、夫である(あった)池宮城さんも大概な人だなと思わされます。この夫にしてこの妻あり、あるいはその逆なのでしょうか。少しついていけません...
私の規格住宅に古波鮫弘子さんが同居していたことがある。古波鮫さんは女流歌人として知られた方であり、久志以来のお付き合いであった。古波鮫さんが同居しておられたお陰で私は池宮城積宝氏を知ることができた。池宮城氏は沖縄の文学史に異彩を放つ存在で、私のような文学青年前期の者でもその名前は知っていた。その池宮城氏が我が家に来られるときの記憶はどうしたことか月夜の光景である。そして池宮城氏はきまって米軍の大きな携帯電灯をぶら下げておられた。昼をあざむくばかりの月光の中では電灯の必要はなかったはずだが今でも天才池宮城積宝氏の真意のほどが測りかねる。
池宮城氏と古波鮫女史の懐旧談は短歌が中心であった。いろんな歌人の作品が話題になったが、今は、かろうじて積宝氏の二首を覚えているだけである。
萠え出づる緑が岡にまろねして
果てなき海の果てしぞを思ふ
老いぬれば美登子の○○のかほりさへ
古酒のごと尊く思ゆ
狂った季節/船越義彰 p167、168PR