大正5年の沖縄県人事録から糸数製帽所です。画像は沖縄県立図書館貴重資料デジタル書庫からで、切り出して画質調整してあります。
http://archive.library.pref.okinawa.jp/?type=book&articleId=50102糸数製帽所
那覇区前島町崇元寺河畔に、石塀を廻らしたる堂々たる一大工場あり、是れを糸数製帽所とす。明治43年の創立にして、総坪数70有余、建坪500余ありて、他に100余坪の石造庫を有し、県下に分工場を設置すること十数ヶ所、職工実に4572人を使役し、日々製出せる帽子は各地に輸出せらる。帽子は所謂阿旦葉帽子と称し、一名琉球パナマの名あり。原料は琉球特産の阿旦葉と称する植物の葉にして、琉球に於ける最も良質なる阿旦葉生産地たる八重山に粗製原料製造所を設けて粗製し、本工場に送りて漂白す、製出高1日650個にして、10等より1等に至るまでの区別あり。斯くて製品は神戸の出張所に送りて売捌かれ、英、米、仏、支那等に輸出せられ、又内地に於ても需要あり。産額過剰、粗製濫造と欧州戦争は、帽子の売行に大打撃を蒙り、小資本にて経営する者の如きは悉く倒産したるも、本所のみは此間に在りて些かの打撃なく、品質の善良資金の潤沢を以て販路の拡張を来しつつあり。所長は糸数元英氏にして同元盛氏神戸支店長たり。
(那覇市前島町1丁目、電話314番、支店、神戸市御幸通7ノ87)
沖縄県人事録/楢原 翠邦編 (抜粋と編集)「日報の沖縄人名録(昭和12年版)」の酒造業に糸数元英の名があります。
前島町1ノ107/糸数元英
日報の沖縄人名録(昭和12年版)
グダグダ(β) 昭和12年の酒造業
画像は糸数製帽所です。元画像は下記サイト様のもので、自分が画像加工してあります。
大正時代に沖縄に在った企業 (59) - 昔の写真と資料 - Yahoo!ブログhttp://blogs.yahoo.co.jp/pusan_de/3352123.htmlPR